港のひと
港のひと・001・創刊号
2001年5月10日発行
007◆若宮大路に咲く栴檀の花-本多順子
 鶴岡八幡宮の源氏池や段葛の桜が終わると、やがて鎌倉は紫陽花の季節となる。長年この町に住んで、四季折々に咲く花を随分楽しんだつもりだったけれど、若宮大路に咲く栴檀の花を初めて見た時のことは忘れられない。
 買い物の帰り、ふと見上げた六月の空に、ひと塊の雲のように淡い紫色の花が咲いているのを見つけた。鎌倉市立第一小学校前の、一段高くなっている歩道での、五年前のことである。
 家に帰って図鑑を調べると栴檀の花だとわかった。古名はあふち(楝・オウチ)。それなら万葉集にあったと思うのだが、どんな花なのか考えたこともなかったなと、不勉強さを思ったりした。が、なによりも、あの満開の薄紫の花に、それまで気がつかなかった自分に驚いてしまった。
 相当の大木だから、私が第一小学校に通っていた四十年ほど前にも、栴檀の木はあったはずだ。以来、その木の下を、何百回、何千回、通り過ぎたことだろう。
 それからは毎年、この栴檀の花が咲くのが待ちどおしくなった。真っ青な空を透かして、明るい色で咲く花を、真下から見上げるのもいい。垂れ込めた空から降る雨に、消え入りそうな風情もいい。
 でも、私が一番好きなのは、よく晴れた日の夕暮れである。まだ残光があたりに漂っている頃、その光を集めて、大きく拡げた枝枝にふんわりと薄絹を掛けたように咲いている光景に見とれてしまう。
 栴檀の花の下を過ぎて海へ向かうと直ぐに、大きなダブの木がある。木下はすでに夜の闇で、その中に黒々と大きな宝篋印塔が立つ。このあたり一帯は中世の血なまぐさい歴史が伝わる所である。暮れ方の栴檀の花にことのほか心ひかれるのは、なにかそのことと係わりがあるのだろうかと思ってみたりする。
 鎌倉の大路に咲きて知られざるおうちの花は
 夕暮れひかる (歌人)
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