港のひと
港のひと・001・創刊号
2001年5月10日発行
010◆いをまちばし通信1-魚町橋-里舘勇治
 魚町橋と書いて、「いを(うお)まちばし」と読む。JR鎌倉駅から若宮大路に出て右に折れ、一〇〇メートルも行かないうちにY字型に岐れた道を安養院方向に歩くと大町四ツ角の小さな交差点に当たる。それを右へ材木座に向かってくるりと曲がり緩やかな坂を下ったところに魚町橋が架かっている。五メートル位の朱色の欄干の下を滑川に通じる疎水がちろちろと流れている。その小さな橋を渡った道の右方に史跡碑があり、魚町の由来が説かれている。それによると、古くはこの大町大路は商店街で米屋や魚屋が軒先を連ねて賑わい、それで米町、魚町と呼んだとある。『東鑑』にその名が載っているというが、いまはこの辺りに魚屋は一軒も見当たらない。
 魚町橋から七、八歩ほど歩いた左方にある古いアパートの一室をわたしたちは借りている。換気扇が一日中哀しいほどにぶんぶんとうなっている玄関口の部屋をぬけると、そこがいちおうの仕事場〈三人の隠し砦〉だ。
 おかげさまで、この春で文字通りの小さな社はまる四年を迎えることができました。深謝。資金も何もないまっさらな状態からの出港ではあったけれども、出会える人にあつく支えていただき、人と人との繋がりのなかから、少なからず一冊一冊かけがえのない書物を生み出せてこれた。そして経済事情の苦しさはいまも変わらないが、縁あっての人の出会いこそが小社の行く先をかろうじて指し示していると思っている。反省と自戒を込めて、わたしたちの待ったなしの書物をつくる〈熱〉がいつも問われている。
 わたしにとって書物とは情報のメディアというよりは、血を流し、涙をうるうるさせ(あるいは号泣)、うめき、祈り、歓び、明日をおもっているなまみの人間の貌が顕にされるメディアだと思っているし、そのような書物を手がけていきたいと念じている。学術文献においても論文、資料のもつ温度を大切にしたい。
 鎌倉は田舎だ。昔、血なまぐさい合戦があった場所だ。わたしたちにうってつけのところかもしれない。魚町橋、六月に入ってある一日か二日、上流から迷ってくるのか蛍が五、六匹ちらほら飛び交う。
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