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港のひと
港のひと・002・創刊2号
2002年5月20日発行
020◆腰越の奥様-伏本和代
 「これは、あの腰越の奥様のものなんですよ」
という声に、ピタリとざわめきが止んだ。
 満面の笑みで、ふじむらの主人は、畳の上に着物を広げた。沖縄の小さな村でだけ織られているたいへんな希少価値の花織りの着物。
 「これは、一、二度お召しになっていますがね。なに、腰越の奥様は、それはもうたくさんお持ちですから、こんな高価な着物でも何度もお召しになりません」
 ふじむらの主人が、うやうやしくたとう紙から取り出した「腰越の奥様」の着物を、三人の中年女性客が、固唾を飲んで見つめている。
 ここは、小町の裏通りにあるリサイクル着物「ふじむら」の店兼自宅なのであった。和室の八畳間には、大きなスチールの棚が置かれていて、何十枚もの色とりどりの着物が重なっている。
 ふじむらの主人は、長く呉服の商いをしていたが、着物離れの時勢でたちゆかず、店を畳んでリサイクル着物を扱うようになった。つまり、個人の箪笥の肥やしとなって眠っているような着物を、ふじむらが仲介となってほしい人に安く譲るという方式である。
 確かに着物を着る人は少なくなったが、着物好きの女は脈々と存在し続ける。着物好きの女に理屈はない。ただひたすら好きなのである。絹のしっとりとした手触りが好き、身にまとわりつく肌触りが好き。
 そんなこんなで、その手の女たちが、この「ふじむら」をひっきりなしに訪れ、ある程度枚数が揃うと目が肥えて、今は出せない色合い技術で織られた年代物、希少価値に目がいくようになる。ふじむらの主人は、客のニーズに応えるために、どっさりと価値ある着物を箪笥に眠らせた奥様を探すのに必死だ。しかも身元のしっかりした、長生きしている人の着物であれば申し分ない。買う方の気分が違うのだ。
 その中でも、「腰越の奥様」は、ピカ一のブランドだった。出てくる着物が群を抜いてすばらしかった。趣味の極みとしかいいようがない凝った作品で、それがひとつも嫌らしくない。裾回しに小さな人形の手刺繍がほどこされた着物。居座機の結城紬、古代ちりめん、今はとれない山繭の着物。
 腰越の奥様は、御齢八十歳になられて、箪笥七棹、二百枚の着物を徐々に処分しているのだが、いまだに未練の残るものもあり、少しずつ少しずつ出す。
 奥様は名門の家のお生まれで、資産家に嫁ぎ、家が三軒建つほどの着物道楽をなされた。息子が二人いて、今は長男ととても幸せに暮らしている。
 「いったい、腰越の奥様ってどんな感じの人かしら」
 女たちがいくら鎌をかけても、ふじむらの主人は名前と容貌を明かさない。それはこの仕事のルールだった。売った方と買った方、どこでばったり出くわさないとも限らないからだ。
 その日、腰越の奥様の着物は売れなかった。
 女たちが帰った八畳間で、ふじむらの主人はぼんやりととろりと艶光りした沖縄の花織りの着物を眺めている。そしてそれに重なる持ち主の白い顏。
 腰越の奥様は、本当は腰越にはいない。一年前に、家を売り払い一家離散した。家が三軒建つほどの着物道楽が、家を一軒つぶしたことになる。資産家でも名門の出でもなかったが、物を見る目は一流だった。
 百枚ちかい着物を、借金して引き取った。それはふじむらの倉庫に保管してある。一家離散した人の着物とは言えないまま、いまだに「腰越の奥様ブランド」は生き続けている。
 「ほら、ふじむらさん、薄紫の墨流しの着物、あれはどんな方のところにお嫁入りしましたの?」
 ふじむらの主人が一度だけ見舞いにいった老人ホームのベッドで、奥様は手放した着物の話ばかりした。ふっくらとした顏に切れ長の目がお雛様を思わせた奥様は、この数年ですっかり面変わりした。それでもまばらな髪の毛をきれいになでつけ、枯れ木のような腕を胸の前であわせて、うっとりと首を傾げる。しわしわの落ち窪んだ目には、今も何百枚もの着物が踊っているのだ。
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