港のひと
港のひと・002・創刊2号
2002年5月20日発行
023◆泉 鏡花「星あかり」抄-井上有紀
 もとより何故にといふ理はないので、墓石の倒れたのを引摺寄せて、二ツばかり重ねて台にした。
 其の上に乗つて、雨戸を引合せの上の方を、ガタく動かして見たが、開きさうにもない。雨戸の中は、相州西鎌倉乱橋の妙長寺といふ、法華宗の寺の、本堂に隣つた八畳の、横に長い置床の附いた座敷で、向つて左手に、葛籠、革鞄などを置いた際に、山科といふ医学生が、四六の借蚊帳を釣つて寝て居るのである。
 声を懸けて、戸を敲いて、開けておくれと言へば、何の造作はないのだけれども、止せ、と留めるのを肯かないで、墓原を夜中に徘徊するのは好心持のものだと、二ツ三ツ言争つて出た、いまのさき、内で心張棒を構へたのは、自分を閉出したのだと思ふから、我慢にも恃むまい。……
 冷い石塔に手を載せたり、湿臭い塔婆を掴んだり、花筒の腐水に星の映るのを覗いたり、漫歩をして居たが、藪が近く、蚊が酷いから、座敷の蚊帳が懐しくなつて、内へ入らうと思つたので、戸を開けようとすると閉出されたことに気がついた。
― 略 ―
 門外の道は、弓形に一條、ほのぐと白く、比企ケ谷の山から由比ケ浜の磯際まで、斜に鵲の橋を渡したやう也。
 ハヤ浪の音が聞えて来た。
 浜の方へ五六間進むと、土橋が一架、並の小さなのだけれども、滑川に架つたのだの、長谷の行合橋だのと、おなじ名に聞えた乱橋といふのである。
 此の上で又た立停つて前途を見ながら、由比ケ浜までは、未だ三町ばかりあると、つくぐ然う考へた。三町は蓋し遠い道ではないが、身体も精神も共に太く疲れて居たからで。
 しかし其まゝ、素直に立つてるのが、余り辛かつたから又た歩いた。
 路の両側しばらくのあひだ、人家が断えては続いたが、いづれも寝静まつて、白けた藁屋の中に、何家も何家も人の気勢がせぬ。
 其の寂寞を破る、跫音が高いので、夜更に里人の懐疑を受けはしないかといふ懸念から、誰も咎めはせぬのに、抜足、差足、音は立てまいと思ふほど、なほ下駄の響が胸を打つて、耳を貫く。
 何か、自分は世の中の一切のものに、現在、恁く、悄然、夜露で重ツくるしい、白地の浴衣の、しほたれた、細い姿で、首を垂れて、唯一人、由比ケ浜へ通ずる砂道を辿ることを、見られてはならぬ、知られてはならぬ、気取られてはならぬといふやうな思であるのに、まあ!廂も、屋根も、居酒屋の軒にかゝつた杉の葉も、百姓屋の土間に据ゑてある粉挽臼も、皆目を以て、じろじろ睨めるやうで、身の置処ないまでに、右から、左から、路をせばめられて、しめつけられて、小さく、堅くなつて、おどくして、其の癖、駆け出さうとする勇気はなく、凡そ人間の歩行に、ありツたけの遅さで、汗になりながら、人家のある処をすり抜けて、やうく石地蔵の立つ処。
 ほツと息をすると、びようくと、頻に犬の吠えるのが聞えた。
― 略 ―
 処へ、荷車が一台、前方から押寄せるが如くに動いて、来たのは頬被をした百姓である。
 これに夢が覚めたやうになつて、少し元気がつく。
 曳いて来たは空車で、青菜も、藁も乗つて居はしなかつたが、何故か、雪の下の朝市に行くのであらうと見て取つたので、なるほど、星の消えたのも、空が淀んで居るのも、夜明に間のない所為であらう。墓原へ出たのは十二時過、それから、あゝして、あゝして、と此処まで来た間のことを心に繰返して、大分の時間が経つたから。
 と思ふ内に、車は自分の前、ものの二三間隔たる処から、左の山道の方へ曲つた。雪の下へ行くには、来て、自分と摺れ違つて後方へ通り抜けねばならないのに、と怪みながら見ると、ぼやけた色で、夜の色よりも少し白く見えた、車も、人も、山道の半あたりでツイ目のさきにあるやうな、大きな、鮮な形で、ありのまゝ衝と消えた。
 今は最う、さつきから荷車が唯辷つてあるいて、少しも轣轆の音の聞えなかつたことも念頭に置かないで、早く此の懊悩を洗ひ流さうと、一直線に、夜明に間もないと考へたから、人憚らず足早に進んだ。荒物屋の軒下の薄暗い処に、斑犬が一頭、うしろ向に、長く伸びて寝て居たばかり、事なく着いたのは由比ケ浜である。
 碧水金砂、昼の趣とは違つて、霊山ケ崎の突端と小坪の浜でおしまはした遠浅は、暗黒の色を帯び、伊豆の七島も見ゆるといふ蒼海原は、さゝ濁に濁つて、果なくおつかぶさつたやうに堆い水面は、おなじ色に空に連つて居る。浪打際は綿をば束ねたやうな白い波、波頭に泡を立てて、どうと寄せては、ざつと、おうやうに、重々しう、飜ると、ひたくと押寄せるが如くに来る。これは、一秒に砂一粒、幾億万年の後には、此の大陸を浸し尽さうとする処の水で、いまも、瞬間の後も、咄嗟のさきも、正に然なすべく働いて居るのであるが、自分は余り大陸の一端が浪のために喰缺かれることの疾いのを、心細く感ずるばかりであつた。
 妙長寺に寄宿してから三十日ばかりになるが、先に来た時分とは浜が著しく縮まつて居る。町を離れてから浪打際まで、凡そ二百歩もあつた筈なのが、白砂に足を踏掛けたと思ふと、早や爪先が冷く浪のさきに触れたので、昼間は鉄の鍋で煮上げたやうな砂が、皆ずぶぐに濡れて、冷こく、宛然網の下を、水が潜つて寄せ来るやう、砂地に立つてても身体が揺ぎさうに思はれて、不安心でならぬから、浪が襲ふとすたくと後へ退き、浪が返るとすたくと前へ進んで、砂の上に唯一人やがて星一つない下に、果のない蒼海の浪に、あはれ果敢い、弱い、力のない、身体単個弄ばれて、刎返されて居るのだ、と心着いて慄然とした。
 時に大浪が、一あて推寄せたのに足を打たれて、気も上ずつて蹌踉けかゝつた。手が、砂地に引上げてある難破船の、纔かに其形を留めて居る、三十石積と見覚えのある、其の舷にかゝつて、五寸釘をヒヤくと掴んで、また身震をした。下駄はさつきから砂地を駆ける内に、いつの間にか脱いでしまつて、跣足である。
 何故かは知らぬが、此船にでも乗つて助からうと、片手を舷に添へて、あわたゞしく擦上らうとする、足が砂を離れて空にかゝり、胸が前屈みなつて、がつくり俯向いた目に、船底に銀のやうな水が溜つて居るのを見た。
 思はずあツといつて失望した時、轟々轟といふ波の音。山を覆したやうに大畝が来たとばかりで、――跣足で一文字に引返したが、吐息もならず――寺の門を入ると、其処まで隙間もなく追縋つた、灰汁を覆したやうな海は、自分の背から放れて去つた。
 引き息で飛着いた、本堂の戸を、力まかせにがたひしと開ける、屋根の上で、ガラぐといふ響、瓦が残らず飛上つて、舞立つて、乱合つて、打破れた音がしたので、はツと思ふと、目が眩んで、耳が聞えなくなつた。が、うツかりした、疲れ果てた、倒れさうな自分の体は、……夢中で、色の褪せた、天井の低い、皺だらけな蚊帳の片隅を掴んで、暗くなつた灯の影に、透かして蚊帳の裡を覗いた。
 医学生は肌脱で、うつむけに寝て、踏返した夜具の上へ、両足を投懸けて眠つて居る。
 卜枕を並べ、仰向になり、胸の上に片手を力なく、片手を投出し、足をのばして、口を結んだ顏は、灯の片影になつて、一人すやくと寝て居るのを、……一目見ると、其は自分であつたので、天窓から氷を浴びたやうに筋がしまつた。
 ひたと冷い汗になつて、目をAき、殺されるのであらうと思ひながら、すかして蚊帳の外を見たが、墓原をさまよつて、乱橋から由比ケ浜をうろついて死にさうになつて帰つて来た自分の姿は、立つて、蚊帳に縋つては居なかつた。
 もののけはひを、夜毎の心持で考へると、まだ三時には間があつたので、最う最うあたまがおもいから、其まゝ黙つて、母上の御名を念じた。――人は恁ういふことから気が違ふのであらう。
妙長寺から由比ケ浜へ
 明治三十一年に初めて発表されたとき、
「みだれ橋」と名づけられたこの短編は、鏡花二十六歳のときの作品である。作中「土橋が一架、並の小さなのだけれども」と描写される「乱橋」は、今も材木座の住宅街にひっそりと残っている。十八歳のとき、鏡花は尾崎紅葉に弟子入りしたい一心で故郷の金沢から上京するが、訪ねる勇気の持てぬまま一年を過ごす。この物語の舞台となっている妙長寺に友人の医学生と寄宿したのは、その間の出来事だ。
 夜中に寺を閉め出された「私」は、仕方なく海への道を歩き出す。月も星も雲もなくただひたすらに鼠色の世界。重くけだるい肉体を引きずり歩く「私」は、異常な感覚世界のなかに浜へたどり着くが、不気味な気配に満ちた海からは巨大な浪が迫る。息をするのももどかしく寺へと駆け戻る「私」は蚊帳のなかを覗きこみ、そこに「私」を発見する。すると瞬時に視点の主体は眠る「私」に翻り、もうひとりの「私」の姿をもとめて蚊帳の外に目をこらすのだ。
 この「ふたりの私」の出現は、実は、墓石を〈二ツ〉重ねてその上に乗るという冒頭場面から予言されている。ぬれたような空気、聞こえる浪の音と聞こえない荷車の車輪の音、夜の色、砂の冷たさ……と、触覚に忠実に語られる物語の上に、「ガタガタ」「ずぶずぶ」「びょうびょう」と二重の言葉が無数に折り重ねられることによって、主人公の「私」の姿も、読んでいるこの「私」の輪郭さえもが、幾重にもぶれてくる。迫りくる水を避けてよじのぼり、覗きこんだ難破船の内側から再びもうひとつの水に襲いかかられたとき、「私」にできることはもう、はだしのまま逃げ帰るのみだ。
 幻想、もしくは狂気。この物語を現実から遠ざけるのはたやすい。しかし、何もない闇夜からわらわらと立ち上がってくる、これらのことばの群れを、「私」なるものの所在のあやうさを襲うものとして体験しなければ、読む者としての、ほかならぬこの「私」は、ついにただひとりの「私」にさえ出会うこともない。
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