港のひと
港のひと・002・創刊2号
2002年5月20日発行
027◆釈迦堂切通-里舘勇治
 釈迦堂切通に行くにはふたつの行き方がある。浄明寺(地名)方面と大町方面からである。鎌倉にながねん住んでいながら、釈迦堂切通に行こうとは一度も思ったことはないが、浄明寺の小高い山の麓のマンションに住んでおられるH先生と知りあうことができ、たまたまその機会に恵まれた。昨年の八月のことだった。いまさらそのことを書いてもという気はあるけれども、初めての釈迦堂切通はちょっとすごいところだった。
 空気の音がしないくらい暑いある日の午後、H先生宅を訪ねた。陽が木々の緑にまぶしく照り、時季外れの鴬が「ホーホケキョ」と啼いていた。
 用件を済ませてH先生宅を辞した後、ぼくは初めて道案内のとおり、近くの釈迦堂切通を抜けて大町の事務所に戻ろうと思った(それまではといっても、三回だけだが、地理に不案内なぼくはH先生宅を訪ねるときには大町から遠回りして行きも帰りも雪の下、浄明寺の道を選んだ)。
 アスファルトが途切れて、むき出しの石ころがごつごつとした山道を三、四分登っていくと、山を穿いた、高さ七メートルくらいの洞にでた。洞の前には崩落注意の立看があり、通交止めの柵がしてある。しかし、なんのことはなく通り抜けられた。洞内の右方の側面がくびれ平になったところに一メートルにみたない石塔が立ち、反対の側面にはちいさな凹みがあり、風化した石仏が数個積み重ねられてその前に賽銭が置いてあった。ここが釈迦堂切通だ。薄暗い洞は冷ややかで、現在から過って過去へ遡り、異界の霊気が漂っているような凄みがあった。しばらく立ちすくんでしまった。
 わたしちたちは何処から何処へゆくのだろう。はたして行き着く場所はあるのか。情けないことに、ぼくには「分からない」とこぼすしかない。穴を穿つ。穿って空の身をさらけ出し、滅びてゆくしかないのか。朽ちた石仏が笑む。
 洞を抜けると、陽がふりそそぎ青空があった。大町側の坂をおりる途中、洞を振り返ってみた。一度も来たことがないのに、どこかで記憶に残っている風景だった。
 ある映画のシーンが鮮明に浮かんできた。鈴木清順監督の映画「チゴイネルワイゼン」の、和服姿の大谷直子が坂をくだっていくシーンがあるが、その場所が釈迦堂切通の大町側ではないかと思った。
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