『続賢治童話を読む』
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■「あとがき」より
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前著『賢治童話を読む』でわたしは、「なぜ賢治童話か」を「序章」に置き、①若い頃からの賢治童話への親しみ、②教育系大学に勤務し、学生と共に賢治テクストを取り上げ、考えてきたこと、③賢治を芥川龍之介と比較・対照することで見えてくるものはなにかの三点を挙げている。この観点は、本書にも受け継がれている。本書「第Ⅱ章 神聖な愚人」など、龍之介と賢治という課題が、凝縮された章といってよいほどだ。芥川テクストと比較・対照による賢治研究は他にない。こうした視点は、わたしが過去四十年以上も本格的に芥川テクストとかかわり、その眼で賢治を考えるという習性がいつか身に付いたことから来るのであろう。「神聖な愚人」ということばそのものも、芥川から借りている。 こうした意味からすると、前著『賢治童話を読む』の第Ⅵ章に収めた「虔十公園林」をも読み直していただけるなら幸いである。他にも本書には随所に龍之介と賢治を比較・対照して論じているところが出てくる。その彼方には急速に進展した近代日本への彼らのアンチテーゼ、さらに言うならば、日本の知識人の精神史・思想史を考える、というわたしの研究課題が見え隠れするであろう。
このほか本書で特筆されるのは、「第Ⅴ章 原罪とはなにか」に象徴されるような、人間の罪の問題を賢治がいかに考えていたかへの考察があげられる。原罪とはむろん『旧約聖書』「創世記」3章に見られる、人間が生まれながらに負っているとされる罪である。前著ではそれを「よだかの星」をはじめとするテクストに見たが、本書でも「二十六夜」ほか二作でその問題を考えた。賢治の人間の罪への意識は、これまでとかく法華経一色で語られがちであった。が、賢治は「二十六夜」のような仏教説話を書きながらも、キリスト教的〈原罪〉の問題に至らざるを得なかったのである。「土神ときつね」など、「創世記」のカインとアベルの記事の反照をも感じさせる、実に重い原罪物語とも言えるものだ。
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■目次
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序 章─銀河鉄道の世界へ
第Ⅰ章─意外性の物語
税務署長の冒険
バキチの仕事
馬の頭巾
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第Ⅱ章─神聖な愚人
革トランク
葡萄水
気のいい火山弾
第Ⅲ章─幻想の世界
茨海小学校
ひのきとひなげし
さるのこしかけ
第Ⅳ章─山男への関心
祭の晩
毒もみのすきな署長さん
おきなぐさ
第Ⅴ章─原罪とはなにか
二十六夜
土神ときつね
ビヂテリアン大祭
第Ⅵ章─存在の悲哀
マリヴロンと少女
蜘蛛となめくぢと狸
「ツェ」ねずみ
第Ⅶ章─銀河鉄道への旅
インドラの網
十力の金剛石
銀河鉄道の夜
第Ⅷ章─賢治戯曲の世界
饑餓陣営
植物医師
ポランの広場
あとがき
事項索引
人名索引
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