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『幕末日本「英学史」散歩 蘭学から英学へ』
本書の詳細

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■著者より
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 この「散歩」では、幕末から維新へ至る人たちのうち、結果的には長崎蘭通詞の出身者が多く選ばれたことになる。幕府が長崎の通詞(町人身分)や全国の蘭学者を江戸に招致し、幕臣になった者も少なくない。その墓の多くが東京に集中して残っているのも、彼らが晩年を江戸で送ると、墓も東京になってしまうからである。
 英学という分野の成立自体が、鎖国・開国を経験することにより発生する日本特有の学術分野なのである。
 日本の伝統的な慣習の世界を向こうにまわして相対化し、それから離れ、それと対峙しつつ研究することにほかならない。
 このような英学的環境がいかに困難であるか、英学者・夏目漱石の憂鬱は生涯絶えなかった。
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■目次
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はじめに
1 調査の範囲と限定
2 散歩の順序
本書の登場(関係)人物と歴史事項
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一  蘭学の泉碑と慶應義塾発祥の地碑(中央区明石町)
1 蘭学の泉碑
2 慶應義塾発祥の地碑
二  長崎屋跡(中央区日本橋室町)
三  馬場佐十郎(宗延寺、杉並区堀ノ内)
四  浅草天文台跡―蕃書和解御用掛―(台東区浅草橋)
五  シーボルト胸像(あかつき公園、中央区築地)
六  高橋景保とシーボルト(源空寺、台東区東上野)
七  堀達之助―ビッドル応接を重視して―(蕃書調所)
八  森山多吉郎(本妙寺、豊島区巣鴨)
九  ペルリ提督の像(芝公園、港区)
1 ペルリ提督の像
2 万延元年遺米使節記念碑
十  名村五八郎(吉祥寺、文京区本駒込)
十一 古賀謹一郎
1 古賀謹一郎 先儒墓所(文京区大塚)
2 蕃書調所跡(千代田区九段下)
3 古賀謹一郎、蕃書調所の将来計画(大阪洋学センター)について
十二 吉田松陰と堀達之助(伝馬町牢屋敷跡、中央区小伝馬町)
十三 福沢諭吉
1 堀達之助との接点
2 福澤諭吉墓とハリス記念碑(善福寺、港区元麻布)
十四 緒方洪庵(高林寺、文京区向丘)
1 江戸の緒方洪庵
2 古賀謹一郎撰文の碑銘について
十五 柳河春三(願龍寺、台東区西浅草)
結び ―日本英学史的環境をめぐって―
1 蘭学東漸
2 英学史元年の集中的発生
3 場面(依存症)と個人の対抗
4 近代と現代
附論 蕃書調所頭取・古賀謹一郎の構想と思想
1 「英学史元年」という視点
2 古賀謹一郎の制度構想
3  英和辞書編纂の体制・方向
4 英学史のテーマについて
あとがき
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墓所・石碑・史跡の所在地と交通
路上散歩の道順例(北から南へ) 
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