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『ハリネズミの耳 音楽随想』
本書の詳細

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■本文より
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 古代ギリシアの詩人アルキロコスの詩作の断片に、「狐はたくさんのことを知っているが、ハリネズミはでかいことを一つだけ知っている」という謎めいた一行がある。
 思索を喚起する不思議な力を持った言葉であり、思想史家アイザイア・バーリンは、作家と思想家、さらには人間一般を「ハリネズミ族」と「狐族」の二つに大別してみせた。
 「ハリネズミ族」とは、いっさいのことをただ一つの基本的なヴィジョンに関連させ、それによって理解し考え感じるような人間のことであり、プラトン、パスカル、ヘーゲル、ドストエフスキー、ニーチェなどの名が挙げられる。
 一方、「狐族」は、求心的ではなく、遠心的であり、きわめて多様な経験と対象の本質をあるがままに、その関連性にこだわらず、とらえようとする。アリストテレス、モンテーニュ、エラスムス、ゲーテ、バルザック、ジョイスなどがこの類型に入る。
(中略)
 この分類を音楽の方に応用してみると、ハリネズミの耳と狐の耳があるように思われる。音楽に全身全霊を集中させて聴いているとき、私はハリネズミの耳で、音楽の中に鳴っている「でかいことを一つだけ」聴きとろうとしているのである。
 一方、音楽を聴くのに、狐の耳で聴くという流儀もあるであろう。音楽の中には、もちろん「たくさんのこと」が鳴っていて、それらを多様性のままに楽しむということはありえる。しかし、私は「でかいことを一つだけ」聴きとろうとする姿勢の方を良しとする者である。ベートーヴェンを聴くとは、ベートーヴェンにおける「でかいこと」を聴きとることに他ならない。例えば、今日ではモーツァルトについて「たくさんのことを知っている」人間が増えているだろうが、モーツァルトの音楽の中に鳴っている「でかいこと」を何人が聴きとっているであろうか。小林秀雄は、今日に比べれば、資料や録音などがはるかに少ない時代に、「でかいことをただ一つ」、即ち「疾走する悲しみ」をたしかに聴きとったのである。
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■目次
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ハリネズミの耳(序)
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第一部 作曲家篇
「英雄」の悲しみヘンデル 合奏協奏曲作品三
他者表現の芸術家メンデルスゾーン ヴェネツィアの舟歌
青春の不安ペルゴレージ スターバト・マーテル
深々とした祈りペルゴレージ サルヴェ・レジーナヘ短調
アリアにこめられた宗教性プッチーニ 誰も寝てはならぬ
無限を孕む音楽 シューベルト 弦楽五重奏曲ハ長調
遠くからの呼び声ウェーバー 魔弾の射手
大いなる悲しみグレツキ 悲歌のシンフォニー
ふるさとの山への想いR・シュトラウス アルプス交響曲
大いなるものの終わりモーツァルト 弦楽五重奏曲第二番ハ短調
底の知れない穴ベートーヴェン ヴァイオリン・ソナタ第七番ハ短調
北方の詩情ラフマニノフ 交響曲第二番ホ短調
国のさゝやきエルガー 交響曲第一番変イ長調
空を仰いで ホルスト 組曲「惑星」
純潔な風光ヴァ―グナー 「タンホイザー」
最も純粋な音ブラームス 弦楽四重奏曲第二番イ短調
雪景色に聴く音ブラームス バラード第一番ニ短調
ヴェネツィアの魂A・マルチェッロ オーボエ協奏曲ニ短調
歴史の暮方にてG・サンマルティ―二 オーボエ協奏曲変ホ長調
アイノラの森にてシベリウス 樹の組曲
太古の神秘シベリウス 交響詩「タピオラ」
はかなき人生グリーグ 最後の春
朝の光グリーグ 抒情小曲集
混沌の中の救いハイドン 交響曲第七七、 七八、 七九番
単純で純粋な精神ハイドン 交響曲第九二番「オックスフォード」
簡潔の美ハイドン 弦楽四重奏曲作品七六の三「皇帝」
神の秩序ハイドン 皇帝讃歌の主題による変奏曲
哀しみて傷らずハイドン 弦楽四重奏曲作品七六の五
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第二部 演奏家篇
内部からの新鮮さパーヴォ・ヤルヴィ I
「野生児」の指揮者パーヴォ・ヤルヴィ II
異形なる才能アナトール・ウゴルスキ
憑依と没入レナード・バーンスタイン
恐るべき独創ホルスト・シュタイン
苦難を通過してリリー・クラウス
さらば、美しきこの世よ!イアン・ボストリッジ
手負いの武者ヨーゼフ・シゲティ
埃もとどめぬシモン・ゴールドベルク
沈黙の価値カラヤンとグールド
存在の寒さグレン・グールド
伝統を若返らせるカール・シューリヒト
爆発と透明シューリヒトとクナッパーツブッシュ
郷愁の詩人ジャン=マルク・ルイサダ
他界を垣間見るエルンスト・へフリガー
ヨーロッパ的なるものエリザベート・シュワルツコップ
同時性の音楽マルク・ミンコフスキ
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第二部 演奏家篇
武人の真情信時潔 I
野の花信時潔 II
青春の決定性成田為三
軍歌の歴史性高木東六
近代日本の宿命近衛秀麿
あとがき
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