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『酔いどれ天使の遺書』
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■ 『酔いどれ天使の遺書』より
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 これから小学校五年時の晩秋に出現した「霊夢」を、記そうと思う。できればあの夢幻の物語を、碑文として明記するように。いまでは後年の妄想や錯乱のかけらもわたし自身の記憶の混乱によって入り乱れている、あの闇と光の旅路について。
 寒村とよぶしかない我が故郷の部落には樹齢千年を優に超える一本の銀杏の巨樹があった。そこは海神を祀る古からつづく神社の境内であり、二年に一度、海の男どもの豪壮な火祭りの舞台となるほかは、ひっそりと静まりかえっていた。樹もそれがあまりに年輪を重ねすぎると神人の風韻さえ漂う。この樹もいつの時代からか村人の尊崇の対象となり「聖老樹」という名で呼ばれるようになった。神社の境内とはある種清らかに沈静した浄福を感じさせるものだが、聖老樹が常にそこにあり、時の不滅の流れに立っていることでその境内は神の絢爛さえ感じさせた。
 深秋のある日の夕映へ近い、地上の世界があのファン・ゴッホの描いたような、星月夜の狂おしく輝かしい夜に、傾き始めたの出来事であった。
 わたしはその午後、近所に住む知恵遅れの少年であったきっちゃんに、「セイロウジュみにいこう」と誘われ境内に来ていた。二人は大陸から寒気団の襲来による雪の日々が来るまえに可能なかぎり聖老樹を見たい、そのもとで遊んでいたいと思っていた。われわれは幾度も純色の黄葉に輝く、極めてグロテスクな幹をもつ、聖老樹を仰ぎ見た。われわれは少年ながら、ああ、美しいと溜息をついていたのだった。
「きっちゃん、セイロウジュはふしぎな木だ。すいこまれそうだ」……



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■目次
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酔いどれ天使の遺書
I
II
III
IV
V
VI
VII
VIII
IX
X
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