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『言葉の木蔭 詩から、詩へ』
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■本文「法王の貨幣――ジャコメッティの思い出に」より
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 夕陽がオレンジ色に雲かげを染めたあの透きとおったコモの湖畔、コリコの寒駅のプラットフォームをどうして忘れることができるだろうか。彼(注、ジャコメッティ)は前日わざわざ、私のためにパリ行きの国際列車の個室の切符を予約し乗車券まで買ってくれた。そしてその日の午後は仕事を休み、ハイヤーで谷を下って湖畔におり、ミラノ行きの汽車が出るその駅まで私を見送ってくれた。まるで伯父か年長の兄であるかのように。列車が入る直前、私たちは別れの抱擁をかわした。
 ミラノ行きの汽車に乗りこむと、私はこの汽車がミラノにもパリにも寄らず真すぐ日本へ走ってくれるなら、としきりに願った。そして急に一刻も早く、東京へ帰り、私も仕事をせねば、一日も早く仕事にかからねばと思った。大切なのは土地でもなく風景でもなく、文化や文明の質でもない。大切なのは、創造に仕えること、仕事をとおして生成の鼓動をききとり、世界と一体になることである。大切なのは人間であり、愛であり、中心を目指す方向、極限を生きつらぬくことである。胸にわきのぼるさまざまな思いを反芻しながら、私は涙に曇った眼で車窓が暮れてゆくのを見ていた。
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■目次
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戦中歌集 海に叫ばむより 第二部 コレラの歌
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法王の貨幣――ジャコメッティの思い出に  
明るさの神秘――宮澤賢治とヘルマン・ヘッセ
未知なる友
多生の旅より 闇の光
闇・灰・金――谷崎潤一郎の色調
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一茎有情 春の章より
老去悲秋
手紙の話より この岸辺で 恋文 十人十筆 不一
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樹木
風の根
足音
海の塚
泉窗書屋閑話より 書物の整理
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戦地へ携えて行った一冊――山本書店版『立原道造全集 第一巻 詩集』
護國旗
高原孤愁
友への新たな挨拶――『後藤比奈夫七部集』頌
百代の過客――片山敏彦生誕百年に
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隻句抄 言葉の木蔭
草のなかで――詩三篇  霧の中 草のなかで 挽歌
戦時の日記から
北海道吟行より
辞世
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自筆略年譜
戦中歌集 海に叫ばむ 後記
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スマトラからスタンパへ  宇佐見英治の戦中戦後  宇佐見森吉
あらぬものへの呼びかけ  宇佐見英治『言葉の木蔭』に寄せて  堀江敏幸
初出一覧
宇佐見英治著書一覧
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